プロフィール
HN:
たもつ
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1967/06/05
自己紹介:
こっそりと詩を書く男の人
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ハエが世界を一周した
けれどとても小さかったので
誰も気づかなかった
ハエは自分の冒険を書き綴った
ジャングルの中で極彩色の鳥の
くちばしから逃げ回った日々を
港のコンテナの陰でじっとして
凄まじい嵐をやり過ごしたことを
けれど字がとても小さかったので
誰も読めなかった
今度はきちんと読めるように
拡大して印刷してみた
けれどハエの言葉など
誰も知らなかった
おまえは人間にでもなったつもりか
と仲間のハエにからかわれた
挙句の果てには人に殺虫剤を吹きかけられ
追い払われる始末だった
ハエは力いっぱい飛んだけれど
やがて力尽き
草の上で輝く朝露の中へと落ちた
月に行く夢を見ていた
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クジラの背中に
独裁者の豪邸が建った
どこよりも高く
民衆を見下ろせた
一匹のカマキリが飛んできて
両手の鎌でそれを壊した
拍手喝采のなか
クジラは大きな口を開けて
悠々とカマキリを飲み込んだ
そして水のない海で
クジラは乾いていった


忘れかけていた三行の約束を
同時通訳していく
身体が沈んでいくのがわかる
劣化して重たくなった雨傘みたいに
トイレットペーパーが
自動で巻き取られる音がする深夜
ブルペンでたった一人
来るはずの無い球を座って待ち構えているのは
キャッチャーの大切な友だち
窓ガラスに挟まれた仔牛をかじり
スルメの味がするので
乾物!と泣き出してしまったのは
どこの誰だったろう
壊れた椅子を顕微鏡で覗くと
天体望遠鏡を覗いている昔の自分と
レンズ越しに目が合った
いろいろなことがあったよ
いろいろなこと、としか
言えないくらいに


今日買ったばかりの枕が
突然海になる
髪が濡れて痛む
航行中の大型の帆船が
三半規管を横断する
交番の裏側をパトロールしている
詐欺師だった父は
水を泳ぐことができないので
まだ車の運転免許を取得できない
金魚すくいの本当の意味は
金魚を救うことだという話を信じて
僕は何度も挑戦し
沢山の出目金を
短命に終わらせてしまった
枕を返品しようと思ったけれど
レシートをもらい損ねた
海なんてお金では買えないと
知っていたはずなのに


きみの肩こりが酷い満月の夜
ぼくは錆びた味のみかんを食べてる
朝からコタツがあり得ない
それでも決して負けはしない
ぼくは白い黒ヤギ
自由を求めて飛び跳ねる
自由の意味もわからないまま
海も、砂漠も
ビルも、メガネも
全部跳び越えてみせる
わたしをこのまま奪って逃げて、なんて
演歌ですか、きみは
そう言うぼくは
空も飛べない白い黒ヤギ
だからいっぱい階段をつくって
あの満月まで
きみを奪って逃げていく
だからしっかりしがみついて
振り落とされたら音が寂しい
そしてあの煌々とした光の中
肩を揉んだり
息を吸ったり
息を吐いたり
見たものすべてに
名前を付けたり
泳いだり
泳がなかったり


色鉛筆のケースの中で
弟が眠っている
一番落ち着ける場所らしい
父と母はテレビを見て
時々、笑ったり泣いたりを
繰り返している
ケースから出された色鉛筆で
僕は絵に色を塗る
外は雨
昔から家には屋根が無いので
三人とも傘を差している
弟の幸せそうな寝息が聞こえる
画用紙が雨に濡れて
うまく塗れない
その度に、色のないものを
描けば良かったと思う


見たことのない言葉で
あなたと話す
関係のある足音と
関係のない足音の狭間で
時々、古い橋の匂いがする
目を凝らすと橋の形はあるのに
渡る人々のため息が聞こえてこない
もう誰にも必要とされない橋がある
そのことだけが事実としてある
目の前を冷たくなったタイヤが
ひとつ転がっていく、まだ
車の一部のつもりでいるらしい
私たちは話した
空調の室外機から
飛び降りた時の幼い衝動を
木の枝についていた貝殻虫を
指でこそいだ日の袖の長さを
本当はもっと
大切な話をしていたはずなのに
あなたが見つからない
あなたと探すけれど
あなたがいないので
いつまでたっても見つからない
あきらめて帰ろうと思っても
あなたがいないので
お別れの言葉も言えない


本の索引をめくる
たくさんの指紋がついている
たどって行くと
エスカレーターがある
エスカレーターに乗って
植物の茎を昇っていく
やがて一枚の葉が終点となる
葉の先端には小さな空港があって
一匹の蝶がとまっている
発車ベルが鳴り響く
あれに乗らなければ、と思い
懸命に走る
葉が揺れた拍子に転び
蝶は発車してしまう
次のに乗ろうとするけれど
先程の蝶がこの季節の最終便である旨
アナウンスが流れる
もとの所に戻ろうとしても
下りのエスカレーターは見つからない
仕方なく本を閉じる
ふと指先を見ると
指紋がすべてなくなっている
来年の同じ季節になれば
誰かが待っていてくれる気がする


酸性雨の結晶が
そこかしこに降り注ぎ
背負った荷をさらに重くする
だからいつしか私は
四足歩行を諦めてしまった
抑揚のない耳鳴りの中
規則正しく並ぶ高層建築物の群像
そのわずかな隙間に
羽だけになった甲虫が
数ミリの厚さでうずくまっている
突然のビル風に吹き上げられ
失った空を再び取り戻す
何と取引をすることもなく


ほの暗い飲食店で
たった一人食パンを食べている
六枚切り位の厚さだろうか
食べ終わると給仕が来て
新しい食パンを置いていく
本当はご飯の方が好きなのに
運ばれてくるパンばかりを
延々と食べ続けている
生きるために食べているのか
死ぬために食べているのか
わからないけれど
たとえ生きていても死んだとしても
それは結果でしかないのだろう
口の中の水分が奪われ
喉が渇く
せめて牛乳くらいは欲しい
でも牛乳を飲むと
腹を下す癖が今でもなおらない
次のパンが運ばれてくる
暗い店内で給仕の顔はわからない
ただぼんやりと見える狭い背中は
かつて見たことがある
自分の後姿によく似ている