プロフィール
HN:
たもつ
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1967/06/05
自己紹介:
こっそりと詩を書く男の人
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手の知らない言葉を
書き続けていく
手のすることはすべて
わたしを助けるのに
わたしのすることのすべてが
手を助けるわけではない
途中、水が足りなくなって
手を洗いに行く
排水溝に落ちたまま
帰ってこれなくなった叔母が
いつものように文句を言う
いつか菓子折りなどを持って
謝りに行かなければ行けない
と思っているけれど
何がふさわしいか悩んでいるうちに
数年が経ち
みな、年を取った
消しゴムの行商人の軽トラックが
音楽を鳴らしてやってくる
今年もすっかりと夏だ
呼び止めて消しゴムを買う
二個で百五十円
毎年来る人とは違う感じの人が降りてくる
いろいろと事情があったのだろう
世間話をしているうちに
昔からの知り合いのような気がしてくる
それでは、と立ち去ろうとすると
おまけにひとつつけてくれた
手がわたしのために受け取る
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水で出来た線路の上を
指列車がやってくる
わたしは道路の言葉で話しかける
指列車は親指を振って応えてくれる
空から墜落しそうになっている空を
真夏の工場群が
かろうじて支えている
日焼けした子ども達が歓声をあげて
でたらめに走り回る
彼らにしかわからない
悩みや葛藤や計算の中を
自分が自分であることを
疑わなくなってどれくらい経つだろう
上り坂が抜け落ちて
指列車が急停車する
フナムシが数匹降りてきて
海を探している


三角定規が数ミリ単位でずれて
安アパートが崩れた
確かに昔、ぼくはその二階の
日当たりの悪い角部屋に住んでいたけれど
何度か前を通っても人の気配がなかったので
もしかしたらぼくが
最後の住人だったのかもしれない
あるいは何か他のことを考えていたのかもしれない
いずれにせよマジックで自分の名が書かれた三角定規を
瓦礫の中から掘り出してポケットにしまうと
幹線道路から何本か中に入った路地を歩く
昨日と同じところにタイヤの跡のついた
洗濯物のような男物のシャツがまだ落ちていた
昨日、その話をあなたにしたけれど
今日その話をしたところで
あなたはいないから
独り言にしかならない


梅雨の湿った風に吹かれいると
いつの間にかぼくと妻は
古ぼけた感じがする列車の
最後尾の座席に並んで腰掛けている
列車はカタンカタンと
紙のイメージの中を
ゆっくりとしたリズムで走り続ける
「点滅する踏切の警告灯」も
「民家の網戸から見える襖」も
「数えたシラサギの数」も
すべて文字でしかないのに
妻の手を握ると
二人とも生きているのが当然のように
汗ばんでいる
やがて列車は紙の縁にたどり着き
先頭車両から真っ逆さまに落ちていく
落ちた先には
普通の形のビジネスホテルがある
フロントで予約していた名前を告げ
部屋番号のついたキーを受け取る
靴を脱いでベッドに倒れこむ
妻がぼくの靴も揃えてくれる
年を取ったらきみの故郷に帰って死のう
そう言うと必ず
嘘つき
と妻は言う


試験管の中で農場が溶けた
後に残った僕らは、帰り道
アブラ菜の咲く側で
何かの小さな骨を三つ拾った
お互いにひとつずつ持ち
残りのひとつは
骨が欲しくて困っている人に
あげることに決めた
紙の上で文字が燃える
その様子を眺めながら
きれいだね、と言って
明方まで笑ったり
身体をまさぐったりして
楽しかった
その後、二人で
たくさんのクイズを出し合って遊んだ
けれど自分たちの理由については
何ひとつ答えられなかった


最終バスの斜め前の席
緑色のハナムグリが一匹
青いシートにしがみついている
埠頭から乗車してきたのだろうか
もしかしたらずっと前から乗っていて
既に何往復かしているのかもしれない
窓の外、二十四時間営業のお店が白く発光して
数名の人が
買い物のようなことをしている
始まりが無ければ終りも無い
でもそれは永遠とは程遠い
花があるかわからないけれど
ハナムグリと私を乗せて
最終バスは
わたしの中へと帰っていく


時計の断面が落ちている
側に誰かの置いた花束がある
初夏の陽射しは影をつくり
わたしはわたしの影を
地面に埋めていく
勝者などいない
敗者だけの戦いが終わったのだ
イワシの缶詰を買って
レシートとつり銭を受け取る
わたしの手は
壊死が始まっている


道の記憶
識別された日常の中を
人は歩く
そして
人は脆い
ぐにゃりと背骨の曲がった自転車が
無灯火のまま夜の街を走る
やがて洋品店の前でひとつの海になる
街中の甲殻類が次々と入って行く
いつしか海は自身を閉じてしまう
本当に失われたものは
何の痕跡も残さない
あちこちに落ちていた名前を
ボイラー技師が拾い集めて帰宅する
昨日の惣菜を一口食べて
吐き出す
既に腐っていたのだ


わたしが金魚の頭を
撫でているころ
ぼんやりとした扇風機は
薄暗がりの中で首を振り
幼い子どもが一人
どこかで帰る家を探している
ここだよ、と言っても
それはきっと
ただの声にしかならない
扇風機の風が当たる
と、わたしの身体は
人の形を思い出す


手からファイルが滑り落ちる
その先に空がある
とめ具が外れて
出鱈目な順序で書類がばらばらに舞う
書類から
印刷された文字も手書きのメモも
剥がれていってしまう
牧場の真ん中に
一艘の廃船がある
今でも時々夢に出てくる
付着したまま死んだフジツボの側で
牛が草を食んでいる
満員電車の中
一人分だけぽっかりと空いた席に座る
今ごろ文字たちはどのあたりにいるのだろう
不思議なことに今日まで
ファイルの夢は見たことがない