プロフィール
HN:
たもつ
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1967/06/05
自己紹介:
こっそりと詩を書く男の人
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タンスの引き出しを開ける
中には冷たい水族館がある
死んだミズクラゲが二匹、三匹浮いている
私は係員ではないけれど
係員であるかのように網ですくい上げる
これをどうしようか思っていると
風呂場から余っている洗面器を見つけだして
てろりんと入れる
服とズボンが濡れてしまったので
着替えたかったけれど
あんなにあった衣服や下着は
どうしてしまったのだろう
引き出しを覗き込んでも
水族館では大きい魚が
小さい魚を食べようとしているところしか見えない
壁を一枚隔てた向こう側には
確かに外と道路と民家があるはずなのに
ただ粛々と
ミズクラゲの腐敗した臭いだけがしている
誰かに電話する用事を思い出して受話器を取る
ふとエラ呼吸の仕方を
忘れていたことに気づく
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世界中の積木が音もなく崩れ始めた頃
特急列車の白い筐体が最後の醗酵を終えた頃
口笛を吹いていた唇がふと偽物の嘘を呟いた頃
少年から剥がれ落ちた鱗は一匹のアキアカネとなって
ハーモニカ色の空へと飛び立って行った
騒がしい沈黙がある
深く澄んだ騒乱がある
ぼくはある晴れた誕生日の夕方、きみに出しそびれた手紙に残っていた
ありったけの行間を燃やしたのだった
どこかで誰かが銃弾を栞の代わりにして聖書にはさんでいる
シーソー遊びに飽きた若い男女が一枚の様式をベンチに忘れたまま
子供を生みに向日葵畑の向こうへと消えていく
すべての隙間のあちら側には風景があるのだ、と
信じて疑わなかったぼくはすべての隙間を覗き込んでいるうちに
トノサマバッタが引っ張るリヤカーに乗り遅れてしまった
観覧車を掃除していた兄が慰めようとして
鳴かない鳥の鳴き真似をずっとしていてくれた
その声を聞きながらぼくは眠り
深夜になっても眠ったまま朝まで眠った


みかんをむいて父に食べさせると
ぼくはみかんではないのに
お礼を言われた
咳をするしぐさが
父とぼくは良く似ていた
植物に無関心なところも
石鹸で洗う指先の先端の形も
他に似ているところは特にないけれど
おかげでたくさんの人とすれ違っても
父の姿を探すことは容易だった
悔しくて泣いていた子供のぼくを
肩車したのは父だった
確かにあの日ぼくは
空の切れ端を掴んだのだ
記憶が劣化していく中で
今日は昨日より上手く思い出が語れない
かといって何も言わずに父を抱きしめるほど
距離が縮まったわけでもない
大好物のウニの瓶詰めが
食卓に並んだときのように
父がふと笑った
ぼくはウニではないのに
いっしょになって笑った


傘のない世界で
きみに傘の話をしている
小さなバス停に並ぶ他の人たちも
そぼ降る雨に濡れて
皆寒そうにしている
ぼくは傘の話をする
その機能を
その形状を
その色や柄の種類を
まるで見たことがあるかのように
夢みたい、と言って
そんな夢みたいな作り話を
きみは馬鹿にすることもなく
最後まで聞いてくれる
定刻より五分遅れて到着したバスが
定刻より五分遅れて発車する
その行き先が本当に帰るべき場所なのか
ぼくらには確信がなかったけれど
本当に帰るべき場所なのだと
願っていたかった


もずく酢しかない部屋できみは
なくならないもずく酢を
ただひたすら食べ続けている
そんなきみの背中を掻いてあげたいのに
きみには掻くべき背中がない
それよりも前に
ぼくは夕べ深爪をしすぎて
生温かな指先の痛みで
撫でることしかできないのだけれど
きみがもずく酢を食べながら
懐かしそうに故郷の話をしているとなり
ぼくは二人で行くための正確な地図を描く
でも紙も鉛筆もないから
いつまでたってもたどり着かない
あなたも食べていいのよ、と
きみは勧めてくれる
なくならないものを食べると
いつも酸っぱくて悲しい
でもぼくらはただの文字でしかないから
消しゴムで簡単に消えてしまう


ぼくが遺書を書く
きみがそれを紙飛行機にして飛ばす
そこかしこに光は降り注ぎ
そこかしこに影をつくっている
紙飛行機が草原に不時着する
文字の無い白い翼のところを
蟻が一匹歩いている


もっと簡単にあなたを愛したい
複雑な手続きなど経ることなく
もっと簡単に
もっと簡略に
僕は僕の皮膚を越えて
外に出て行くことはできない
僕から出て行くのは言葉
それは様々な作業工程の中で作られ
僕の原形はわずかしかない
僕から出て行くのは精子
でもそれはきっと
愛とはちがう
もっと簡単にあなたを愛したい
喩えるものが見つからないけれど
夜中にふとあなたのことを思い出し
目を覚ますときがある
あなたが寝ている
そのとなりで


光が蒸発していく駅舎
待合室の隅のほうで
一匹のエンマコオロギが
行き場をなくしている
他に行くところのない子供たち
髪にきれいに飾られた赤いリボン
鼻から伸びているチューブ
幸せ、不幸せを感じられるうちは
人はまだ幸せなのかもしれない
誰に謝ってよいのかわからないけれど
僕の生活は幸せに満ちている
飛べない羽がある
語れない唇がある
いのちを守りたい、と
政治家が高いところから演説をする
僕は僕のいのちに言い淀んでしまう
※「いのちを守りたい」
平成二十二年一月二十九日
鳩山総理大臣 施政方針演説より


キッチンで君と二人
こんにゃくをちぎっていく
娘は一人、二階で
静かに宿題をしている
こうして手でちぎると味がよく染みこむのよ
君が母親から教えてもらったように
僕は君から教えてもらっている
こんにゃくの中心を目指して
ひたすらちぎっていく
その度に中心は移動し
やがてどこかに消えてしまう
ちぎっているようで
実は表面を撫でているにすぎないのだ
こんにゃくについてさえも
僕らは何も語ることなどできない
不必要な言葉に肥え、太り
おそらく人生の折り返し地点など
とっくに過ぎてしまった
鍋がいっぱいになる
それでもまだ
こんにゃくは山積みになってる
これで何を作るの
君に聞くと
わからない
とだけ答える
キッチンが夕闇に沈んでいく
二階の方から鼓動のような
小さな物音が聞こえる


このこんにゃくを探しています
家族同様に可愛がってました
見かけた方はご連絡ください
という貼紙が電柱にあった
家にあるこんにゃくに良く似ていたので
書かれていた住所のところまで持って行った
玄関に女の人が出てきて
残念ですが違います、と言った
その後ろでは男の人が覗き込んで
悲しそうに首を振っている
知らない人だった