プロフィール
HN:
たもつ
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1967/06/05
自己紹介:
こっそりと詩を書く男の人
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薬が切れて震える父を
抱えてベッドに寝かせる
布団のしわなどが気に入らないと眠れないので
抱き起こし、位置を変えてまた寝かせる
そんな作業が延々と続く
父にとって毎日の睡眠とは
戦いにほかならないのだ
父が眠りにつくと
今日はひとりで立ち上がれた、とか
トイレに行けた、とか
母や妻は嬉しそうに話す
でも、みんな知ってる
これ以上症状が良くならないことを
わたしは祈らない
本当の祈りを知らないし
何より祈るべき神様をもたないから
それでも祈りの真似事をしたくなって
困っている人に手を貸したり
小さな虫を逃がしたりする
良い人になりたい
何か神様のようなものが
見ていてくれるかもしれないから
最近父の夢をよく見るようになった
父は夢の中で
時々昔のように元気に歩き回り
時々死んだ
ありがとう
夢の中で元気な姿を再び見せてくれて
ありがとう
死ぬのが夢の中のことだけで
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二週間前と同じように
針金ハンガーが
屋上のフェンスにひっかかってる
そこにあってももう誰も気にしない
隣の棟の四階の事務室で
女性が端末を入力しているのが見える
その下の階の窓辺で
あなたはお弁当用の紙箱を
折り続けている
国家試験で手に入れた資格など
まったく必要の無い作業を
黙々とひたすら続ける
些細なことだった
その積み重ねであなたは少しずつ
音もなく壊れていった
針金ハンガーが風に揺れる
もしかしたらこのままフェンスと
区別がつかなくなっていくのかもしれない
あなたが僕と他の訪問者との
区別がつかなくなってしまったように
帰り際、僕は施設の人と口論になった
土足厳禁のところを土足で歩いて
注意されたからだった
ただそれだけだった
ただそれだけのことで
ありったけの悪態をその人についたのだ
今度来たとき
あなたと他の人との区別がつくか
僕には自信がなかった


コップを割ってしまった
深夜ひとりで
お寿司をにぎっていただけなのに
お刺身はさくのものをスーパーで買ってきた
赤くて二割引できれいだった
酢飯は作り方がよくわからないので
知人に電話で聞いた
知らない、と言われた
何故知らないのかは教えてくれなかった
なんとなく考えて
炊いた白米に酢とみりんを入れて混ぜた
練りワサビは切らしてしまった
コップは割ってしまった
大きな破片は手で拾って新聞紙でくるみ
ビニール袋に入れた
お寿司を握っていただけなのに
細かい破片は掃除機で吸った
床の隅にナスが一本転がっていたので
ついでに冷蔵庫にしまった
昨日もそこにあった気がする
お刺身が手に冷たい
もしかしたらかつては
本当に生きていたのかもしれない
にぎったお寿司は二十貫に少し足りなかった
二十歳のころは
お寿司なんて握ったことはなかったのに
コップはいくつか割ったにちがいなかった
そしてゆっくりと口の中で壊すように
夜明けまで
お寿司を食べ続けた


水槽を抱えて
列車を待ってる
水槽の中には
やはり駅とホームがあって
幼いわたしがひとり
帽子を被って立っている
ある長い夏の休みの間
ずっと被っていた帽子だった
水の中もやはり暑いのだろうか
時々手で顔や首筋を扇いでいる
その度に水面が小さく揺れる
やって来た列車に乗ると
車内には
どこかに行きたい人と
どこかに行かなければいけない人と
どこにも行くあてのない人とがいて
みな同じように水槽を抱え
黙って座席に腰掛けている
水圧で耳が塞がれているような
静けさのなかを列車は進む
やがて鈍くなっていく速度と
崩れていく形という形
本当は自分自身が
水槽の中にいたのだと気づく
帽子を被ったわたしが列車に乗るのが
水槽のプラスチック越しに見える
会いたい人がいて
見せたいものがあった
ただそれだけがすべてで
それだけですべて
許される気がしていた


氷、と書かれた布製のものが
海からの風にそよいでいる
大盛の焼きそばは皿いっぱいに広がり
けれどできる限りの表面張力によって
その外形を保っている
去勢されたばかりの犬が
日陰で餌の残りを食べている間
一番奥の畳席の上に
僕の溺死体はあった
初めて海に来た娘は
砂がたくさんあるのね
とたいそう喜び砂遊びをしている
思いおこせばせいぜい砂場か、そうでなければ
砂の無いようなところにしか
連れて行ってあげたことはなかった
僕の唇の端からコポコポと
海水とともに吐き出される言葉を
娘はプラスチックのシャベルで上手にすくって
楽しそうに埋めていたけれど
やがて満潮が近づき砂浜が少なくなると
もう帰ろう、いっしょに帰ろう
と駄々をこねた
そうだね、そろそろ帰ろう
硬直の始まった腕で抱きしめると
人はやはり柔らかくて温かい
生きているうちに何度
生きていることに感謝することができただろう
娘の鼓動が波のように伝わってくる
心臓の音みたいだね
娘は胸に顔をうずめ
僕の身体の中に寄せては返す
波の音を聞いている


忘れ物のような話をしました
ただ長いだけのベンチがあり
終わりの無い話を続けました
読みかけの本が無造作にふせられ
背表紙は少し傷みかけていました
マリエはすぐに人を殺そうとする
けれどマリエはもういないので
誰も殺されることなく
話だけが続きました
話の途中何度かの言い間違いがあり
そのいくつかは訂正され
残りはそのままでした
心臓に一番近い駅を知っている
マリエは言いました
小さな駅なの
小さな駅前に
古い本屋さんと中華料理屋さんがあるの
そこに心臓があるの
マリエは浴衣が良く似合い
嘘をつきませんでした
これから見に行こうか、とマリエは言いましたが
マリエはもういないので
これから、も
見に行こうか、もありませんでした
マリエと最後に見たのは
公営住宅の三階か四階の
狭いベランダに干されたシーツでした
もしかしたらただの白くて大きな布、
というだけだったのかもしれませんが
二人ともシーツ、と思って
シーツ、と言いました
首都が終わりをむかえるころ
ベンチに木漏れ日が落ちて
模様のように綺麗でした
そしてそのころになると
どこまでも話だけが続いて
すでにわたしの姿も見あたりませんでした


母さんの中を
金魚がぷかぷか泳ぐ
雲の柔らかさ
産地とはおしなべて
そんなところなのだと思う
母さんの背中
バズーカ砲つけたら
悪いロボットみたいだ
だから僕たちは
誰も殺しちゃいけない
約束された沈黙のために
母さん、走るよ、見てて、
てててててー
走る、よ、見て、てててててー
行方知れずだった
母さんの自転車が見つかったよ
ベランダのものほし竿で
干からびてた
昔のように涼しかった


タンポポを一輪だけ摘む
何も知らない貨物列車とすれ違う
水のように冷たいものを売っている所はありませんか
と、男の人に聞かれ
あっち、と指差す
あっち、に何があるのか行ったことはないけれど
もしかしたら親切な人が
必要なものを売ってくれるかもしれなかった
会わせたい人がいるの、
母は出掛けに言った
これから何度寝て
何度目が覚めても
決して会えない人たちもいるというのに
人気の無い瓦礫らだけのところで
タンポポの火葬をする
時おり吹く風と茎などに残る水分とで
なかなか火はつかないけれど
根気よく続ける
タンポポの火葬なんて
単なる思いつきだった
ただ、母も、母が会わせたい人も、
もう会えない人たちも、さっきの男の人も、
そして自分も、
嘘をつくときは
どうして申し訳なさそうな顔をするのだろう
気がつくといつもの癖で
首筋のあたりを掻きむしっている


朝起きて、俺
ヘビと戦った
その日はとにかくひどい洪水で
俺の大事にしていたポシェットも流され
銀行などの床も水浸しになり
家の冷蔵庫は野菜室まで水が入り込み
それでも、俺
ヘビと戦った
ヘビは鎌首をもちあげ
毒があるのかないのかは
種類がわからないのでわかるはずもなかったが
どうせヘビにも俺の種類なんてわかりはしないのだ
だから俺、頑張って
ヘビと戦った
手をこうして、それからこんなふうな格好をして
そうこうしているうちに朝がきて、俺
ヘビと戦った
洪水のせいでさっきから
父と母の体が見つからないのだが
俺は俺の膝みたいなところまで水につかりながら
街を歩いて探しまわり
時々、交差点で信号待ちしながら、俺
ヘビと戦った
途中、母方の叔父さんと会ったが
俺のあまり知らない叔父さんだったので会釈だけして
新任研修の時に習った角度どおりの会釈をして
ヘビは鎌首をもちあげ
誰もヘビとの戦い方なんて教えてはくれなかった
生まれてからずっと誰も教えてくれなかった
とにかく、冷蔵庫の野菜室の水をくみ出し
キャベツの類とニンジンの類とほうれん草の類に分類し
けれど、時々開いてはまだ知らない世界を夢見ていた俺の
大事な食品成分表もポシェットといっしょに流されてしまったので
含まれているミネラルやカロリーも調べられずに、俺
ヘビと戦った
俺はけっして戦うために生まれてきたわけではない、けれど
俺はヘビと戦うために生まれてきたのだ
そんなことを考えているうちに朝がきて、俺
ヘビと戦った
窓を開けると、あんなに探していた父と母が
体ごと家の方に泳いでくるのが見える
もう、水は全部引いたのに、泳いでやってくる
その見事なフォームに見とれているうちに
ヘビは俺の脚にかみつき
少しずつ空気が抜けて身体はしぼみ
ついに俺はヘビになった
正確に言うと、やっとなれたのだと思う
ヘビになった俺は隙間のようなところから外に出て
俺になったヘビは、またどこかで戦おうと心に誓うのだった
父と母はようやく家に泳ぎ着き
俺になったヘビが、おかえりなさい、を言うと
父は、今日の夜は出前でいいだろう、と言い
母は、おまえを産んでよかった、と言う
もう数十年も前の話なのに
まるで新品の思い出のように
おまえを産んでよかった、と言う