プロフィール
HN:
たもつ
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1967/06/05
自己紹介:
こっそりと詩を書く男の人
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売店で夕刊を買った
読むこともなく畳んで
テーブルの上に置いた
翌日から連泊の出張だった
帰ると夕刊はまだ同じ場所で
同じ格好をしていた
古新聞の上に積んだ
年を重ねるごとに増えた
「良くあること」のひとつ
たったひとつ
人にしてあげたいことが増えた
出来ないことも増えた
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鉄条網を飲み込んだまま
息絶えたヘビ
懐かしいものはもう
手の甲に残る夏だけで構わない
「なつかしいなつ」
を逆さに読んでも
「なつかしいなつ」
になる
そんなはずもないのに
しばらく暗唱していると
大切な菓子を地面に落とし
泣いている子の
姿勢が目に入る
その瞬間に視界を遮る
虫の羽音に良く似た
わたしの薄い瞼


町の公民館に移動映画館が来た
視聴覚室の小さなスクリーンと
パイプ椅子で上映された
打算的な男と女の物語だった
適当なところで事件が発生し
男も女もよく舌打ちをした
飽きてしゃべりだす子どもたちを
たしなめる親の声が
あちらこちらから聞こえた
映画は無難な結末で終わった
帰りに、一人で暮らしている
再従兄のアパートに寄った
先ほどまで寝台で横になっていたようだ
最近は手の震えがひどくて何もかも億劫だよ
そう言って湯を沸かし始めた
手伝おうとしたけれど
お茶を入れるくらいなら
と言って急須にお湯を注いだ
お茶を飲み
いくつかの世間話や親類の話をした
その後、簡単に部屋の掃除をして
シンクに溜まっていた食器を洗い
アパートを出た
掃除中に、いいから、いいから、
と言っていた再従兄の声が耳に残った
かえって傷つけてしまったのかもしれない
と思うのに精一杯で
他のことは特に何も思わなかった


会社の電話が鳴る
受話器を取ると
雨音だけが聞こえる
すぐに父親からだとわかる
何の前触れもなく
そして何も話さないから
電話の時は昔からそう
ずっとそう
受話器から漏れてくる雫で
耳がじゅくじゅくになる
爪を噛むことなく
雨音を聞き続ける
中学生の頃からだろうか
爪を噛まない、という
変な癖がついてしまったのは
私用の電話なら早く切るように
と、上司に注意される
血も涙も無いような厳しい上司
それでも昼時になれば食事に出る
血や涙を作るために
週末、父はデパートの近くで
ひっそりと再婚の式を挙げる
特にこみ上げるものも無いまま
仕事を終えて地下鉄に乗る
窓に映るぼんやりとした容姿のように
世の中のすべてが
比喩だったら良いのに
部屋に着いた数十分後の
自分を想像してみる
まず最初に
コートを脱ぐのだろう


列車も停まらないような
ホームの一番端でひとり
ご飯を食べている
ちゃぶ台は誰かが置いていってくれた
多分、親切な人なのだと思う
納豆や根菜類の煮物など
好きなおかずを並べて
やっぱり白いご飯は美味しい
並んだ人々は何かを待ったまま
小さくかじかんでいる
通過した特急列車の風に
焼海苔が飛ばされる
やがて細かく砕け
曖昧なものになるのだろう
前後関係がうまく繋がらない
古い記憶のように
もう一杯食べたいけれど
炊飯器は
産まれた町に忘れてきてしまった
お代りが遠い


目が覚めるとわたしは突然
車掌さんになっていて
最後尾の車掌室にいる
夢の続きだろうか、と思い
頬っぺたをつねろうとするのに
指が見つからない
車掌さんなんてしたことなどないくせに
無難に仕事をこなしていく
これから明るくなるのか
もっと暗くなるのか
わからないほど真っ暗な空気に包まれて
列車は走っていく
終着駅に着くと
なで肩の人々がホームに降りてくる
少なくともわたしの友だちや
親類縁者ではない感じだ
車内の点検中
網棚に誰かの忘れていった
小さな命があった
自分の命のような気もしたけれど
わたしとは型が合わない
他の物と一緒に係へ届ける


言葉に無いタクシーがいて
瞬きが出来ずに泣くきみがいて
ゆっくりとした雲が転がっている
優しい音のするヒトデがいて
何でもないイソギンチャクがいて
その間をどこまでも白線が続いている
白線の上から落ちたら負け
ぼくらはゲームのルールを
何度も確認し合った
埋立地にかかった
虹の真下で
空気に包まれて
ぼくらは歩き出す
目の前の白線を
黄色に塗りつぶしながら


隙間なく敷き詰められた
ピアノたち
風が吹くと波状になる
泡として消えていく
音という音
装丁された楽譜は
わたしたちの情けない嘘
落葉と同じ速度で動く
メトロノームの側から
いくつもの形を積んで
船出する


掌に観覧車
小さなゴンドラを覗くと
四人の家族が納まっている
父も母もまだ若かった
兄も私もまだ幼かった
それがまるで
ずっと続くかのように
ポケットに観覧車をしまう
思い出さなくても済むことを
時々思い出したくなる
誰が乗ろうと言い出したのだろう
寂れたアウトレットモールの観覧車から
あきらめかけている妻と
思春期を迎えた娘とが
それぞれの思いで
それぞれの景色を眺めている
時や人は繋がろうとする
多少いびつであったとしても