プロフィール
HN:
たもつ
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1967/06/05
自己紹介:
こっそりと詩を書く男の人
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石積みの朝
陸橋はその歪んだ影を
路面に落とし
昨日までの工程を語り終えると
あなたは静かに
最後の生理を迎えるのだった
+
足音が擦り切れていく
あなたにとって唯一の幸せとは
目を瞑ることだった
わたしたちは何度も
お互いの身体を成し遂げている
材質について確認しあい
時々ふと気づくのだった
わたしたちはまだ
声にすぎないのだ、と
+
すべての建物に
黄砂が優しく降り積もる頃
わたしたちは一枚の様式に
知っている言葉を書き連ねた
命の尊さを語る者に
命の尊さなどわかりはしない
何も誓うことなく
明日咲くかもしれない
つぼみの匂いをかいだ
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近所の用水路で小さな魚を捕まえた
家にあった水槽に放し
部屋の日当たりの一番良いところに置いた
魚は黒く細っこくて
その頃のわたしは
なんとなくまだ幼かった
+
わたしは魚に
「ねむらない」という名前をつけた
「ねむらない」はよく泳ぎ
そして眠らなかった
夜中に起きて水槽を覗いても
「ねむらない」は底の方で
ただじっとしているだけだった
+
毎日粉状の餌を少量あげた
餌をあげていると時々は母がやってきて
いっしょに「ねむらない」の様子をながめた
日の光の眩しさに目を細めながら
二人で話をすることもあった
名前は何ていうの?
「ねむらない」
可愛い名前ね
母の眠っている姿を
ほとんど見たことがなかった
夜はわたしより遅く寝たし
朝はわたしが起きるとすでに家のことをしていた
少し古い感じのする母だった
くすんだ色と匂いがよく似合った
+
魚には瞼がなくて
じっとしている時に眠っている
と動物の情報番組で知ったのは
それからもっと先の話
もう「ねむらない」がいない頃の話
+
悲しいことがあるとわたしはいつも
「ねむらない」に話しかけた
悲しいこと、といっても
幼い悲しみなどたかが知れていた
給食が食べられなかったとか
好きな子が他の子と仲良くしてたとか
その程度のこと
先生に怒られたことなんてなかった
そつなく良い子だったから
いじめられたこともないし
積極的にいじめたこともなかった
誰かがいじめられているのを見ると
それが自分でないことに安心した
+
ある日母がいなくなった
そして新しい母がやってきた
新しい母は前の母より若くて美しかった
立ち居振る舞いも華やかだった
「お母さん」と呼ぶと
父も新しい母もたいそう喜んだ
母がかわった、ということを
わたしは「ねむらない」に話さなかった
多分話せなかったのだと思う
悲しいことがあると相変わらず
「ねむらない」に話しかけた
それだけでわたしは
十分にかわいそうな子だった
+
前の母の眠っている姿を
ほとんど見たことがなかった
夜中に目が覚めて
「ねむらない」の水槽を覗いたときも
母は針仕事などをしていた
寝床にいる母が目を瞑ることなく
仰向けのまま豆電球の灯る天井を
じっと見ていたこともあった
表情の無い横顔だった
何か恐くてなって
わたしだけが目を瞑った
+
夏の暑い日だった
お魚、もう逃がしてあげようか
餌をあげているわたしに新しい母が言った
お魚、こんな狭いところにいても窮屈よ
「ねむらない」という名前を
新しい母に教えたことはなかった
それにお魚にも家族がいるはずだし
その後も母の言葉は続いた
わたしは知っていた
きれい好きな母が
みすぼらしい魚や
不衛生な水槽を嫌っていたことを
+
「ねむらない」を小さな容器に移し
用水路に行くと
わたしは「ねむらない」を捕まえた場所に放した
「ねむらない」は上流の方に頭を向けて
ゆらゆらと泳いだ
暑くてお腹もすいたので早く帰りたかったけれど
お別れに泣かなければいけないような気がして
悲しかったことの断片を
できるだけたくさんかき集めた
どこか遠くの薄暗い部屋で一人
目を瞑って眠っている前の母を思い浮かべて
初めて涙が出てきた


綱わたりをしていると
月がきれいだったので
僕はまっさかさまに落ちていった
形の良い吉川くんがそれを見ていて
僕らはレンガ遊びを続けた
吉川くんはレンガをちゃんと地面に積んで
その様子が少しうらやましかった
僕には何もない
地面も良い形も
このまま落ちていくとどうなるんだろうね
と聞くと
壊れちゃうかもしれないね
吉川くんはこっちを見ないでそう言ったけれど
僕のために泣いてくれた人は
吉川くんが初めてだった
壊れちゃうかもしれないね
落ちる、ということは
多分そういうことだ
僕はふわりと着地して
吉川くんのお通夜に出かけた


掌は舟
温かくて何も運べない
体液を体中に満たして
今日も生きているみたいだ
塞ぎようのない穴から
時々漏らしながら
階段に座って
ラブソングを歌ったり
駅前の露店で
プラスチックの蛙の玩具を買ったり
そんなことをしているうちに
年なんかとったりして
大切なことのいくつかは
父と母から教わった
そして大切なまま
いつか忘れた
死んでやる
そう言う人間にかぎって決して死なない
と知ってはいたけれど
本当に死んだときは
残酷なくらい自分への言い訳を探した
枕元で扇風機が回っていた夏
幸せ、とは
簡単な遊びだった
空の見えない窓から
空の匂いだけがしたこともあった


見渡すかぎり牧場でした
穴がありました
さりさりと音をたてて
ショベルカーが掘っていました
人が幾人か落ちていきました
むかし近くにあって駅みたいでした
僕と僕の大切な人は
落ちないようにまわりこんで
そして歩きました
僕は本当にその人のことが大切でした
カーテンの隙間から凪いだ海と
小規模な紛争だけが覗ける部屋でそう思ってから
そう思っていました
風があたると少し痛い感じがしたので
僕らは隠しました
そして歩きました
言葉にすればやさしいのに
言葉はいつまでも僕らのすべてや
一部ではありませんでした
そして歩きましたが
もうお終いのようなところに座って
夕べ食べた甘い梨の話をしながら
皮膚などを触ったりしました
それから草と日の光で
時計を編みました
首を伸ばして向こうを見ると
産み落とされたたくさんの命と引きかえに
牧場はもうありませんでした


会議室を人が歩く
金属や樹脂などでできた
冷水機のようなものがあって
その向こうに浜松町が広がっている
どこまで行っても僕には体しかないのに
ポケットに突っ込んだはずの
手だけが見つからない
誰かの代わりに死んであげたくなるけれど
本当は僕の代わりに
誰かが死んでいるのかもしれなかった
あたたかな陽に包まれて
恋人とそんな恋の話をしていたと思う
たぶんずっとしていたと思う


父の見舞いに行くと言って家を出た
船橋までの直通の快速に乗ったのに
途中千葉駅で降りて映画を見た
アメリカのアクションものだった
無責任に人が死んでいくのが嬉しかった
夏の終わりに蝉が鳴かない
そんな映画が見たかった
見終わると暫くその辺りをうろうろして
結局見舞いに行くことなく帰宅した
どうせばれるに決まってるけれど
言い訳を考えるのも面倒くさかった
何に甘えているのか
父ならわかってくれる気がした


夏風邪をひいた駅員が
プールの縁に立って
はしごを眺めている
咳きこむと
口の中で
戸籍は勝手に
書き直されてしまう
向こう側とあちら側が
波のように打ち寄せる
こちら側がゆっくりと
窒息していく
近くの平らなところでは
羽が邪魔して
今日も鳥は空を飛べない


冷蔵庫の中を
クジラが泳ぐ
今日は朝から
ジュースが飲めない
つけあわせの菜っ葉は
鮮やかに茹で上がり
わたしは指と指の間を
紙のようなもので
切ってしまった
+
その先に直売所はあった
日当たりの良いところで
年をとった女の人が
あやとりをしていた
子どものころ隕石を拾ったのよ
と時々話す人だった
+
靴はほどけていった
靴紐だけを残して
夜の玄関に波はうち寄せ
明日になれば
貝殻などのいらないものも
幼い手に拾えるだろう
+
繰り返される
つぶやきや
つぶやきのようなもの
珍しいセミの鳴き真似だ
と、あなたが言うので
逃げていかないように
そっと窓を閉めた
+
子供みたいに
あなたと虹をかじっている
臨時列車の
奥に座って
お線香の匂いで思い出す街の途中
誰かの両親みたいに
二人は眠ったのだった
+
傘を買った
いっしょに傘たても買った
犬は買わなかったけれど
買ったテレビで犬を見ていた
という気がするので
傘と傘たてを買いに
夕暮れの外へ
ハンカチのように出かけた
+
色鉛筆で履歴書を描く
色の足りないところは
他の色で埋めた
長い戦争が終わり
母は鯉や赤犬を食べて
生きのびた
わたしはその体のどこかで
まだ卵にもほど遠い
何かの形をしていたと思う