プロフィール
HN:
たもつ
年齢:
57
性別:
男性
誕生日:
1967/06/05
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こっそりと詩を書く男の人
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光が蒸発していく駅舎
待合室の隅のほうで
一匹のエンマコオロギが
行き場をなくしている
他に行くところのない子供たち
髪にきれいに飾られた赤いリボン
鼻から伸びているチューブ
幸せ、不幸せを感じられるうちは
人はまだ幸せなのかもしれない
誰に謝ってよいのかわからないけれど
僕の生活は幸せに満ちている
飛べない羽がある
語れない唇がある
いのちを守りたい、と
政治家が高いところから演説をする
僕は僕のいのちに言い淀んでしまう
※「いのちを守りたい」
平成二十二年一月二十九日
鳩山総理大臣 施政方針演説より
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キッチンで君と二人
こんにゃくをちぎっていく
娘は一人、二階で
静かに宿題をしている
こうして手でちぎると味がよく染みこむのよ
君が母親から教えてもらったように
僕は君から教えてもらっている
こんにゃくの中心を目指して
ひたすらちぎっていく
その度に中心は移動し
やがてどこかに消えてしまう
ちぎっているようで
実は表面を撫でているにすぎないのだ
こんにゃくについてさえも
僕らは何も語ることなどできない
不必要な言葉に肥え、太り
おそらく人生の折り返し地点など
とっくに過ぎてしまった
鍋がいっぱいになる
それでもまだ
こんにゃくは山積みになってる
これで何を作るの
君に聞くと
わからない
とだけ答える
キッチンが夕闇に沈んでいく
二階の方から鼓動のような
小さな物音が聞こえる


このこんにゃくを探しています
家族同様に可愛がってました
見かけた方はご連絡ください
という貼紙が電柱にあった
家にあるこんにゃくに良く似ていたので
書かれていた住所のところまで持って行った
玄関に女の人が出てきて
残念ですが違います、と言った
その後ろでは男の人が覗き込んで
悲しそうに首を振っている
知らない人だった


こんにゃくの降る街を
君と歩く
手をつなぐのは
二人に手があるから
理由はそれだけでよかった
子どもたちが積もったこんにゃくで
だるまを作ろうとしている
それは無理なことだ、と
大人は教えようとするけれど
彼らはまだ
不可能という意味を知らない
やがてその意味を知り
やがてそのことに傷つき
やがて何も感じなくなる
その一連の過程を
悲しい、と言うには
僕らは年を取りすぎてしまった
幸せ、不幸せという二つの言葉だけで
すべてが言い表せる
と思っていたあの日も
こんにゃくが降る街を
君と手をつないで歩いた
今日よりもたくさん降っていたはずなのに
その話をすると
僕らの記憶は食い違った


どこかの外れのような野原に
ひっそりとメリーゴーランドはあった
白い馬にまたがると
むかし死んだ友だちが背中を押してくれる
メリーゴーランドがきれいな音楽とともに
ゆっくりと回りだす
友だちは遠くで手を振っている
その笑顔が懐かしくて
もしかしたら死んでいるのは僕の方ではないのか
という気持ちになる
ポケットの中に入れたこんにゃくで
ズボンが湿っている
手を突っ込むと
すべすべとした弾力で押し返してくる
その手触りだけが
僕と今の僕の生を
わずかにつなぎとめてる


手紙を出す用事があって
エレベーターを待ってる
扉が開く
エレベーターの中が
こんにゃくでいっぱいだったので
乗らずにに見送る
あんなに沢山のこんにゃくを積んで
あのエレベーターはどこまで行くのだろう
もう二度と来ない気がして
階段で行くことにする
階段の一段一段すべてに
こんにゃくが敷き詰められている
この階段を使うには
資格や資質のようなものが必要だと思うけれど
自分がいったい何であるのか
教えてくれる人も見つからない
封筒に入れたこんにゃくの水分で
宛名も自分の名も滲んで
美しい他のものにみえる


こんにゃくを買いに出かける
いつものスーパーでは売り切れだった
少し遠くのスーパーでは見つからなかった
少し遠くの別のお店では
こんにゃく以外のものならあるのですが
と残念がられた
昨日まではあんなに並んでありふれていたのに
一晩でこんにゃくは皆どこかに行ってしまった
こんにゃくを使わなくてもよいものにしようと
料理の本をめくってみるけれど
昨日まで見ていたものは
本当はこんにゃくではなかったのかもしれない
そう思うと
自分がここにいるべきではない気がして
すべてのページに折り目をつけてしまう


テーブルの上に
こんにゃくがある
窓の外では
桜の花びらが少しずつ
風に散っている
白い磁器の皿にのせられたまま
誰に忘れられたのか
いつまで忘れられるのか
蒸発した水分の量だけ
その身を軽くしながら
敷地内の停留所
こんにゃくにも忘れられた
夜勤明けの僕が
駅までの巡回バスを待ってる


砂時計の砂が落ちていく
のをあなたは見つめている
すべての砂が落ちてしまうと
黙って逆さまにする
一日がその果てしない繰り返し
あなたにとって時間の単位とは
どこまでも続く砂漠だった
そしてそれはまた
二度と帰ることのない
あなたの遠い旅路に違いなかった
表情のなかった口元が
ふと緩む
旅先で何か
嬉しいことがあったのだろう


舌の根が乾かぬうちに、駅
年を取った男の人が
魚の燻製や塩漬けのようなものを
車の荷台に積んでいる
濁った金属製の手すり
この街で指紋のいくつかは
言葉と同じ程度の意味を持つ
つまりそれは
言葉と同じ程度の意味しか持てない
コンコース、行き来する柔らかい
背中の人々
どうか記憶しておいて欲しい
誰かの命を奪うことで
感謝される誰かがいるということを